成人期のダウン症者の健康管理指針


愛知県コロニー中央病院 小児内科

水野誠司


ダウン症候群患者の青年期から壮年期の医学的な健康管理の要点について示した



1 甲状腺機能異常症

 ダウン症の成人に高率に合併する内科的疾患である。正確な統計はないが成人期のダウン症者の1〜2割に甲状腺機能の異常値が見られる。甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症のいずれもみられるが、前者は思春期前後から20歳代に多く、後者は全年齢に発症するが成人期では20台を越えてから発症することが多い印象を持っている。

 甲状腺機能亢進症は体重減少で気付かれることがほとんどであるが、手の震えを主訴として気付かれた例もある。甲状腺機能低下症は症状が特異的ではなく、また緩徐に発症するために気付かれないことが多い。後述のうつ状態が機能低下症が原因であった例もある。

 いずれの場合もサイログロブリン高値、マイクロゾーム抗体、抗サイログロブリン抗体の高値など、自己抗体陽性の橋本病の病態を呈して発症することがほとんどである。


【定期検診】

  年に一度、甲状腺ホルモンの測定を行う。

【検査項目】

   TSHFT3FT4、マイクロゾーム抗体、サイログロブリンなど


【結果の解釈】

 ダウン症者の特徴として、FT3,FT4は正常範囲にありながらTSHのみ高値を呈する場合が多い。FT3,FT4が正常であれば経過観察で良いと考えられる。

  TSHFT3FT4は正常で、マイクロゾーム抗体、サイログロブリンのみ高値を呈する場合も多い。この時は橋本病の予備軍と考えて若干間隔を狭くして定期採血する。

 治療は一般的な甲状腺機能異常症に準じる。



2 高尿酸血症

 ダウン症の成人の半数近くにみられる病態である。個人差が強く、10代で痛風発作を起こす例も稀ではない。ダウン症者に高尿酸血症が多い理由は十分に解明されていないが21番染色体に存在する尿酸代謝関連酵素の影響と考えられている。

【定期検診】

  年に一度は尿酸値を測定する。

【検査項目】

  尿酸値 

【結果の解釈】

  小児期から高値を示す人もあれば、成人期でも全く高値を示さない人もいるので、その人の体質を早めに理解しておく。一般の成人の基準(男性6~8mg/dl)に当てはめるとダウン症者の約半数が要治療となってしまうため、我々は若干治療開始基準を緩くしている。当然のことであるが、肥満や食事の偏りなどの治療も平行して行う。



3 高脂血症

 正確な統計は無いが、ダウン症者には高脂血症が多いと考えられている。また中性脂肪の高値は乳幼児期から見られることが知られている。しかしながらダウン症者に心筋梗塞などの血管性疾患が多いとの報告はなく、その治療についての十分なエビデンスはない。

 現状は一般成人と同様の基準で検査、治療をすすめている。


【定期検診】定期的な血清脂質の測定


 採血について

 ダウン症者は、その知的障害のために不安が強く採血に抵抗する場合が少なくない。知的障害の程度にはよるが一般的には状況の理解は良いので十分にやさしく説明して本人が納得するのを待ってから採血を行うと良い。ご家族の方と相談してゆっくり進め、初回は採血の手順と説明だけをして、次回や次々回に採血を行うくらいで予定を立てるとよい。

 特に初めて訪れる医療機関では不安が強く、一旦不安が植え付けられると以後の診療が困難になるので、まずは新しい場に慣れて不安を与えないようにに努めると良い。


4 肥満症

 ダウン症者に肥満が多いと言われるが、実際には全員が肥満傾向にあるわけではなくやせ形のダウン症者もまれではない。体質的に身長が低いためにBMI(体重÷身長の二乗)などの一般的な人を対象とした基準を用いると、「肥満」と分類されてしまう人が多くなる。

 ダウン症者の肥満の原因は様々であるが、知的障害者は自ら出かけて運動することが少ないこと、舌が大きく口腔容積が狭いために十分な咀嚼ができ丸呑みのように食べる傾向があること、バランス良く食事をせず一品食いの傾向があること、などもその一因となっていると思われる。

 また一部のダウン症者では強いこだわりから特定のものしか食べない、特定の飲料しか飲まないという行動上の問題を持つ人がいる。毎日ペットボトル1本のコーラを飲む、特定のカップ麺を毎日食べるという場合などは、その行動の問題から解決しなければならない。

 食事療法は継続が肝要である。毎日200Kcal減らすのは容易ではないが休日に1000Kcal余分に食べるのはいとも簡単なことである。ダウン症者は誉められることがとても嬉しく行動の原動力となりうるので、目標設定してそれを達成したときは十分に賞賛すると効果的である。

 一般的にダウン症者は小柄であり運動量も少ないので一般成人の基準カロリーを当てはめることはできず、カロリー設定は個々により異なる。

【定期検診】定期的な体重、腹囲測定



5 うつ状態、心因反応


 思春期から青年期のダウン症者が突然部屋に閉じこもったり、今までできていたことがある時からできなくなる、会話や発語が突然無くなる、笑顔が無くなる、といった変化が急に現れることがある。

 今まで陽気だったダウン症者が急に人が変わったようになるために家族の不安は大きい。

 我々の経験からは多くの場合契機となる出来事があり、ある種の心因反応と考えている。ダウン症の人の性格として、まじめさや几帳面さが知られており「要領よくこなす」ことが苦手な人が多い。またダウン症者は比較的社会性に長けていると言われるように他人の感情を理解することが得意な反面、人間関係で傷つきやすい感性を持っている。 この時期のうつ状態に陥った契機の例として、作業所で過大な要求をされた、他人から悪口を言われた、食事が遅いことを叱られた、養護学校でクラス委員を指名された、母親が再婚した、兄弟が結婚して家を出た、など、がある。

 早期の症状として、笑顔が減った、言葉数が減った、独り言が増えた、風呂からなかなか上がってこない、朝起きられなくなった、などで気付かれる場合があり、このような場合には無理をせずにその原因を学校や職場の人たちと一緒に考えることが必要である。

  ダウン症のアルツハイマー病が知られているために同様な病態として誤解されることがあるが、発症が若年であること、急に発症することなどからそのような器質的な病態とは考えられない。

 もともとダウン症者の平均以上の知的レベルがあり明るい性格の人に起こりやすく、男性より女性に多い。


 治療としては、まずはその契機となる出来事について十分調べて原因を除去すること。十分な休息は必ず必要である。原因となる環境を改善した上で抗不安剤などのMinor Tranquilizerを併用する場合もある。症状が強い場合は精神科受診を勧める。鑑別診断として、甲状腺機能低下症の除外は必ず行う。


 予防としては、本人の性格を理解しておくこと、繊細な感性と自尊心を持つダウン症者の性格やこのような病態が起こりうることををあらかじめ職場の人に伝えておくことが大切である。早期に対応することで多くは予防可能であると考える。また学校や職場での「いやな出来事」を家族に話す習慣をつけておくと良い。ダウン症者は我慢することは得意であるが、人の悪口を言うことができない。

 予後は、我々の約20例の経験ではその半数は数ヶ月から数年の経過で回復したが、半数は元に戻らず、言葉を一切発しない、自発的な行動がほとんど無い受動的な生活をおくるなど退行と言われる状態になっている。発症が若年で契機となる事象が把握できた例は回復しやすい印象がある。


【定期検診】学校や職場に自ら楽しく行っているか、性格や行動の変化の確認


6 こだわり行動

 ダウン症者は「頑固」であるとされる。まじめで自尊心が高い彼らの自己主張の一つとも考えられ、多かれ少なかれダウン症者にはこだわり行動を持つ場合がある。しかし中には日常生活に支障があるほどのこだわりがある場合がある。

 我々が経験した例として、絶対に左手は使わない、ひそひそ声でしか話さない、絶対に家の風呂には入らない、カップラーメンしか食べない、服は必ず裏向きに着る、などがある。  

 ほとんどは学校を卒業後に社会人になってから現れ、人から認められることの少ない彼らの自己表現の一つと思うこともしばしばである。上記のうつ状態と同時に始まる場合は、その契機となった原因について考慮する必要がある。

 自閉症のこだわり行動とは、そのこと以外ではほとんど問題なく社会生活を送っている場合が多い点などで異なると考えられるが、ダウン症の中にも数%に自閉症やPsychosisの領域の合併症があるとされるので、問題行動の程度により精神科受診を考慮する。



7 眼科的合併症

 ダウン症者の眼科的合併症としては、乳児期には先天性白内障、眼振、斜視があり小児期には屈折異常が多く、ほとんどの場合小児期にこれらの眼科的対応は済んでいる。

 小児期に問題ないとされたケースでも、成人期には早期に白内障を発症する例が多いため、定期的な眼科検診は必須である。ダウン症者の場合見えにくくなったことを言葉で適切に伝えられないことが多い。


【定期検診】

 数年に一度は眼科受診


8 耳鼻科的合併症

 ダウン症が診断されると生後1年以内に聴力スクリーニングが行うことが必須であり、多くの場合小児期に難聴の評価はされているはずである。ほとんど生活に支障のない程度の軽度難聴を含めるとダウン症児の約3分の1に難聴があるとされる。

 成人期には一般の人と同様老化に伴い緩徐に難聴が進むが、中には早期に難聴が進むケースがある。視力と同様にダウン症者の場合聞こえが悪くなったことをうまく伝えられないため、定期的な聴力評価が推奨される。

 またダウン症者はいびき、睡眠時閉塞性無呼吸の頻度が高い。これは上顎の低形成、巨舌による解剖学的な上咽頭の狭さに加え、肥満による頸部圧迫、扁桃肥大などの要因がある。ダウン症者の多くがうつぶせで寝るのはこのためである。肥満の予防が肝要であり、症状の強い場合は耳鼻科で精査をすすめる。

【定期検診】

 いびきや睡眠時無呼吸についての問診

 数年に一度は耳鼻科受診、聴力評価。


9 その他の合併症


・先天性心疾患

 最も頻度の高い内部合併症である。小児期に既に診断されている場合がほとんどであるため、小児循環器科の指示に従い定期検診を続ける。


・円形脱毛

 これもダウン症に多い合併症の一つである。原因は不明である。生活上のストレスに対する反応として症状が悪化することも多い。皮膚科的な治療薬を試した経験もあるが、むしろ職場の人間関係など、生活環境の改善によるストレス軽減の方が効果が高いと筆者は感じている。思春期過ぎから全脱毛になるケースもまれではない。


・皮膚のこと 

 ダウン症者は皮膚が脆弱であり、皮脂腺の開口部が大きいために毛嚢炎や膿痂疹ができやすい。背部の肩胛骨内側周辺は自分で洗いにくいので、特に清潔に注意する。乾燥する冬期には保湿クリームなどを併用する。

 夏期は日焼けによる熱傷を起こす場合があるので適宜日焼け止めを利用する。

 

おわりに

 以上、思春期以降のダウン症者の健康管理について記した。筆者が元々小児科医であり熟年から老年期のダウン症者の診療経験に乏しいために、老年期の疾患についての記載が少ないことはご容赦いただきたいと存じます。

 不明な点があればご連絡下さい。


文責 水野誠司 (2006.9.23改訂)